Sculpture Artist Tetsu Sato Weblog 

Sculpture Artist Tetsu Sato Weblog
彫刻家 佐藤 徹(さとう てつ)の関心事や出来事、文化遺産、歴史の紹介、展示情報等を記載した日記ブログ。
2008 08< 123456789101112131415161718192021222324252627282930>10
「60年代のPOPスター達」


Jimi Hendrix    *拡大します。


The Beatles    *拡大します。


60〜70年代。この時代,不思議なくらい偉大であまりにも格好いいミュージシャン

達が集中している。ローリング.ストーンズビートルズジミ.ヘンドリックス

ジェームス、ブラウン、ザ.フーフェイセズ, ボブ.ディラン, ザ.ドアーズ,

ヤードバーズ, ジャニス.ジョプリン あげればきりがない.....。

60年代と言えば日本でもそうだが、時代の激しい変化の時であり、その変化の狭間

で青年時代を過ごした彼らだからこそ生まれたメロディーや音楽性であり、強烈な

メッセージと魂がいっきに才能と共に爆発した時代でもないでしょうか。  に 

しても......これだけの才能達が同時代に集中した黄金期はおそらくもう二度とない

でしょう...........。 私が現在では幅広く音楽を聴きますが、洋楽で最初にカルチャー

ショックを受けたのはローリングストーンズ。ちょうど高校に入り立ての頃だった

でしょうか。もちろん名前は知っていましたが、ちゃんとストーンズを聞いた事が

まだなかった私はその頃よく遊ぶようになった友人の家で初めてちゃんとストーン

ズを聞いた。彼は大のストーンズファンだった。 鳥肌がたった。ミックのニワトリ

を締め付けたような奇妙な声、キースの独特の歯切れの良いオープンGのカッティン

グギター。ブライアン ジョーンズの絶妙なギターの音色とテクニック。 チャー

リー.ワッツのジャズ独特のドラムの叩き方。 なんだこのバンドは??。

彼の部屋からはジャンピング.ジャック.フラッシュ、 ペイント.イット.ブラック、

ブラウンシュガー、ストリートファイティングマンが大音量で流れていた。

あまりにもかっこいい曲達だった。当時すでにギターが弾けた私と彼はその日に

耳コピーでストーンズを夢中で弾いた。一ヶ月もたたないうちに私はストーンズ

のほとんどの曲を弾けるようになった。毎日彼と夢中でストーンズのセッションを

していた記憶がありますね。次第にドラムが加わり、ベースが加わり、バンドと

しての形が気づいたらできていた。 そこから色々な60年代のミュージシャン達

や彼らが影響を受けた黒人ブルースなどにも私はどっぷりとはまりましたね。

ロバートジョンソン, ハウリン.ウルフ, ジミーロジャース, サン.ハウス, マディ.

ウォーターズ。


懐かしい青春の思い出です。

P1040121 2
The Rolling Stones (初期、オリジナルメンバー) *拡大します。

ストーンズ達の生き様、音楽性、私の永遠のヒーローです。


キース.リチャーズ(ロックンロールサーカスより) *拡大します。


ミック.ジャガー   *拡大します。


ロバートジョンソン


   *The Rolling Stones オフィシャルサイト(English)
   
   *ストーンズファン達のHPやブログが集まる総合サイト(格好いいサイト
    がたくさんあります。)
 
   *ロバートジョンソン(ストーンズ達も影響を受けた偉大なブルースマン)

   *The Who オフィシャルウェブサイト(English)

   *Ayanaさんのブログサイト。(UK、洋楽好きなお方はぜひご覧ください。
                      とても格好いいサイトです。)
                           
   * THE BEATLES 世界共通ビートルズ公式ウェブサイト(English)

   *ジャニス. ジョプリン(公式サイト English)




comment+1  trackback+0   2008.09.07.Sun



「私の宝物」


私の叔父がベーシストで参加しているCD。(木村新弥)


何年か前に私の母の兄、木村新弥さんがベーシストとして参加したCDが

復刻版として再販された。 新弥さんは私がまだ生まれる前か、生まれた頃か

記憶は定かではないが、亡くなられてしまった。私の手元には幼い兄が新弥さ

んに抱きかかえられている写真が残っている。 新弥さんは世良 譲バンドで

往年のベーシストとして活躍した方で、今も日本のジャズ界の間では新弥叔父

さんの名前が語り継がれていると聞く。残念ながら私は、祖父の家に飾ってあ

った新弥さんの写真や親戚、昔の音楽誌、母から、そして新弥さんの奥様から

しか当時の様子を聞き知る事しかできない。 しかし、音源やテレビ出演した

際の映像が私の手元にもあるので、少しは当時の新弥叔父さんの姿を階間見る

事ができる。 もし、新弥さんが今も生きていてくれたなら色々な事をお話し

したかった..........と想うばかりです。 私は中学生の時からギターをやっている

のですが、やはりこの尊敬する叔父の影響が無意識のうちにあったのでしょう

か.......。彫刻といい、音楽といい、なんとも面白き家に生まれてきたものだと、

今、思い返しても我ながら思う訳であります........。

上のCD以外にも「BIG4+1」(ジョージ川口、松本英彦、木村新弥、八木正夫)

として新也さんが参加していたジャズバンドのCDが複刻版として再販されてい

ますのでジャズが好きな方はぜひご試聴頂けたら幸いです。鳥肌が立つくらい

かっこいいです。


BIG4+1

下の写真は木村新弥さんが使用していたベースの一つを奥様から私が譲り受けた
宝物で、グレッチのベースです。


*拡大します。(新弥さんが使用していたベースです。)

*拡大します。


*拡大します。



*拡大します。


弦も当時のままですので相当痛んでいますが、新弥さんの魂が詰まった弦ですの

でこの弦は一生張り替える事はないです。ただペッグの部分は譲り受けた当初、

キチンと弦が巻かれ張っていたのですが、この状態で保管すると、ボディが微妙

に反ってしまう危険があるので、これもいじりたくなかったのですが、弦だけは

ゆるめて保管しています。 私の宝物ですね。 復刻版CDが再販されたのを機に

そして新弥さんのファンが今も嬉しい事におられる事を知りましたのでこの新弥

さんのベースと偲ぶ想いをこめて公開させて頂きました。

   
    木村 新弥さんに関するCD及び、情報を下にリンク致します。

    *松本 英彦 モダンジャズ。(アマゾン)    
    *BIG4+1(HMV)
    *木村 新弥さんの事が書かれている個人のHPです


この他にもベーシスト木村 新弥さんについて書いて頂いている記事もありますので

興味のある方はぜひ探して見てください。




comment+0  trackback+0   2008.08.25.Mon



「 浅草 」


金龍山浅草寺雷門の堤灯  *拡大します。


*拡大します。


先日、またもや浅草に行ってきました。 このあまりにも有名な下町の象徴、

雷門。 私は今回が実物を見るのが初めてでした。 テレビで見るよりもずっ

と迫力がありましたね....この赤ちょうちん.................。 正式名称は「風雷神門」

(ふうらいじんもん)だそうです。私も初めて知りました。


堤灯を進むと色んなお店でにぎわっている。

夏のこの暑さにもかかわらず、人、人、人、でさらに暑苦しい感じでしたが、

下町の風情とこの暑さがなんとも心地よくも思えました。



*拡大します。


影向堂   *拡大します。


*拡大します。

これもよくテレビでみる光景ですね。 煙を頭にかけると頭がよくなるそうな......


*拡大します。

*拡大します。




花やしき。 *拡大します。


花やしき。


浅草寺を後にし、続いて花やしきへ。 この遊園地もあまりにも有名ですね。

もちろん私は今回が初めてです。 何か特別なものがあるかというと何もない

と言った方がよいのですが、ディズ二ーランドのような壮大なアトラクション

を求めてこの「花やしき」に来る人はまずいないでしょう。何を求めて来るか

かと言うと、昔懐かしのアナログ感ではないかと思います。 和みを求めて皆

ここを訪れるのではないでしょうか。 今回友人達とここを訪れましたが、畳

のある休憩室でほとんど和んでいました。 休憩質に畳ですよ.........。まさに

下町ならではの遊園地であって市民の憩いの場に他ならないですね。

久々に心から和んだ一日でした。


花やしき。 あまりにも怖い乗り物............。


       * 浅草寺公式HP




comment+1  trackback+0   2008.07.30.Wed



「彫刻家 西嶋 雄志さんの個展」

 
*拡大します。


本日、彫刻家 西嶋 雄志さんの個展に行ってきました。西嶋さんはまだ私が

美大受験予備校時代の恩師で知り合ってからかれこれもう十数年以上になります。

予備校に入った当初、まだ十代だった私。右も左もわからず、西嶋さんにつれ

られて一緒に彫刻を造る時に必要なシュロ縄を買いに行ったのが、西嶋さんと

の最初の出会いでした。懐かしいですね。 それから十数年後、自分自身の作品

を造るようになって何年か前に再会をしました。 ....西嶋さんは主に「人間」を

モチーフとした作品を主とし、生み出す彫刻家で、そのフォルムや手法は非常に

不思議で魅力的です。 今回、私のいる横須賀から画廊がある浅草まで一本の

直通で行けますが、時間はかかりますので、ちょっとした旅気分で座りながらの

んびりと。浅草駅A5出口をでてすぐに画廊がありました。しかしここは単なる

画廊ではなくカフェの奥にひっそりと存在しているなんとも不思議な場所です。


奥に見えているのがカフェで画廊中側から撮影。 


カフェを進むと身を少しかがめないと入れない上記写真の小さな入り口があり

ます。中に入ると一気に空気は変わり、異空間。このギャラリーは国有形登録

文化財の建物をギャラリーとして解放しているそうです。床板もうっすら暗い

空間の中、目を凝らしてみると漆で塗られていることが艶でわかります。

その中央に天井から吊るされている大きな人体の作品がありました。建物自体の

雰囲気、証明の効果、作品自体が放つ存在感から、さい銭を入れて拝みたくなる

ような神秘の空間。 しばし、床に座り仏像をみているかのような錯覚に陥る。


*拡大します。


下から頭部見上げて撮影。 *拡大します。


真下から上へ、二階部分が見える。 *拡大します。


展示は二階へと続き、雰囲気のある階段を昇り上へ。二階もまた一階同様に歴史

を感じさせ、説明しがたい不思議な空間を放っていました。天井大きな柱に墨で

慶応四年と書かれており、この空間に関わった様々な人間達の想念が時を超えて

現代の私に伝わり、守ってきた大きな魂を建物自体に空間に感じとる事ができま

した。 


二階展示室。 天井部分。  *拡大します。


別角度から。    *拡大します。


八畳ほどの部屋の中央に西嶋さんの作品が並ぶ。 *拡大します。


壁にかけてある作品を斜めから正面の壁を撮影。 *拡大します。


壁面の作品を正面から。   *拡大します。


床面の作品(一部)  *拡大します。


床面の作品。(一部) *拡大します。


カフェにも展示してある作品(一部)  *拡大します。



今回、西嶋さんご本人ともお会いでき、西嶋さんがこの様々な想念が詰まった

空間に展示するにあたって現在、この場所を守っているカフェのご夫婦、この

空間に携わった様々な人々の思いを大切にし、今回の展示に至った事が、展示

の様子や作品からも伝わりました。 普段、画廊で見る展示とは違い、西嶋さ

んご本人もおっしゃっられていましたが、「見る」といより「体感する」展示

で、最近見た展示の中では、最高に良かった展示でした。私自身も良い刺激を

受けました。 


      *彫刻家 西嶋 雄志さんHP









comment+3  trackback+0   2008.07.20.Sun



「宮ヶ瀬ダム」

        宮ヶ瀬ダム公園内にある水辺。 *拡大します。




先日、久々に自然に触れ合ってきました。 相模原方面から愛甲郡方面に行き

しばらく車で走っているとまるで日本昔話しに出てくるかのような雰囲気の山々

や湖畔などが見えてきます。田舎という意味ではなく、少し霧がかったような

神秘的な光景でもあり、まず東京ではお目にかかれないような自然が広がって

います。この宮ヶ瀬は観光ガイドにも一応は載っているのですが、どうもマイ

ナーらしく、それほど距離のない相模原周辺に住んでいる人達も意外と知らな

かったり、聞いた事はあるけど行った事がない人の方が多いみたいですね。

確かに自然以外はこれといって何もなく、いついっても馬鹿でかい自然の公園

には数人の人がチラホラいる程度。 今回二人で行ったのですが、水辺で川で

なごんでいたら、まだ明るい午後、3時過ぎというのに周りを見渡すとだれも

いないなんて事も.....。まぁ..逆に考えたら、あの馬鹿でかい自然を一人占めで

きるのだから贅沢といえなくもないですね。


ちょっと雰囲気のある写真。(フォトグラフby Yumiko Murata)


*拡大します。(フォトグラフby Yumiko Murata) 


*拡大します。

途中で水に入りたくなり、靴をぬいでバシャバシャと入り遊んでました。

やはり自然はいいですね。時間の経過がよくわからなくなりますし、時計な

ど必要ないんではと思うほどです。 なんと言うか心がリセットされた感覚

というのでしょうか。 

         公園内にある施設の中。なぜか剥製がある。    *拡大します。 



公園内に公民館らしき建物があるのですが、これもまた閑散としていて謎の

建物です。おそらく宮ヶ瀬の歴史などを展示と共に紹介している所だと思われ

ますが、流木が異常につんであったり、謎の剥製があったり、何かの化石らし

きものがケースに入れられている訳でもなく、並べられている。 このよく

わからない怪しげな所もちょっと良いかもしれないです。

神奈川、東京近郊にお住まいの方はぜひ訪れて見てください。ちなみに相模湖

というこれまた不思議な場所も近くにあります。 宮ヶ瀬ダムと相模湖は訪れ

る人が不思議とあまりいないので穴場中の穴場かもしれません。









comment+0  trackback+0   2008.07.17.Thu



「信長の焼け兜と甲冑」(続編)


伝織田信長公所用 鉄地突灰形兜(焼け兜)「総見院 蔵」 *拡大します。


伝織田信長公所用 金小札色々威胴丸「西光寺蔵」 *拡大します。


重要文化財 織田信長画像 (豊田市長興寺蔵)



さて、個展も無事終了し早々のブログ更新になります。信長ネタ。

以前に信長の甲冑と兜の話しを致しましたが、写真がなく紹介

できませんでしたが、写真を入手しましたのでご紹介いたします。

信長公所用と伝承を持つ、兜は幾つか現存していますが、上の写真の

兜もその一つです。 愛知県清須市にある総見院所蔵の通称「焼け兜」

と呼ばれるもので、箱書きによれば丹波柏原の生駒家から天明五年

(1785)に尾張の津田蔵之介(つだくらのすけ)に伝わった兜で、

本能寺の変の際に、焼け跡から出土したものという。 まさに信長

の死の瞬間を見た歴史の証人の兜ですね。この兜は正面に1本の角本、

左右に巨大な脇立の角本が付いている。

非業の死をとげた信長公の甲冑は、そのほとんどが焼失している。

今日、私達が目にする信長の甲冑はすべて「伝信長所用」です。信長

の甲冑の好みを知るには信長が他人に贈った甲冑から想像するしかない。

上の2番目の甲冑の写真は信長が越後の上杉謙信に贈ったとされる

甲冑ですが、上杉家の自積を記した「上杉年譜」「北越家書」など

には記載がないという。 現在、この胴丸は東京都品川区の西光寺に、

付属するはずの大袖は米沢市の上杉神社に所蔵されているそうです。

一説ではこの胴丸は、元禄年間(1688〜1703)に上杉綱憲(つなのり)

より会津の松平家へ、さらに戊辰戦争のあと、官軍のしかるべき人物に

贈られたと言われています。また、上杉神社には他にも信長贈答の由来

がある「赤糸威の壷袖」が所蔵されていて、これには織田家の家紋が付

いているので伝承は間違いないと言われています。信長が謙信に贈った

ワイン色のビロードの南蛮風マントなども現存しています。

この胴丸はさほど奇抜ではなく、伝統的手法で作られたものですが、

かなり手間がかかった芸術的価値も高いのではないでしょうか。

信長の南蛮趣味のイメージとは少々、違う感がありますが、信長の

趣味の一端はわかるのではないでしょうか。 この他にも伝信長所用

の南蛮風兜や南蛮風甲冑なども現存していますので写真が入手でき

たらまたご紹介いたします。



*伝織田信長公所用 二十四間総覆輪筋兜(南蛮風兜)建勲神社蔵  *拡大します。



上の二十四間総覆輪筋兜(南蛮風兜)は信長ゆかりの建勲神社に

所蔵されている伝信長公所用の兜の一つです。こちらの兜は信長

らしい、というか南蛮趣味の彼のセンスを物語っている兜ではな

いでしょうか。モダンでありながら派手。 カッコいいですね。



202px-織田信長
*織田 信長公画像




       
      *この他にも信長公の画像を紹介していますので
       以前の私のブログをご覧下さい。






comment+0  trackback+0   2008.07.10.Thu



「個展レポート」〜(細態魂)


佐藤 徹 彫刻展風景 (ギャラリーオカベ)



*クリックすると拡大します。


KAGEROW〜蜉蝣(かげろう)部分




一週間の個展もなんとか無事に終えました。

多くのお客様に来て頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

今回も新たな作家さん達との出会い、ふらっと立ち寄ってくれた

一般のお客様、美術関係者の方々と色々なお話しをさせて頂き、

刺激的な一週間となりました。 私は特に彫刻の色に異常な

こだわりがあり、色味も錆びたような色彩を施すので、よく

金属彫刻と思われるのですが、これらの作品を金属で造ると全く

違う質感になり、私のイメージしている質感にならないのです。

金属よりも柔らかい暖かみのある質感を求めているのでこの

石膏、セメント直付けという方法が一番私のイメージしていた

質感になり、尚、色を施しても、暖かみと柔らかさが残るので

私、独特の色身が出せるという訳です。よくこの不思議な色味

はどうやって出しているのですか?という質問をうけますの

でこれは材質の主が石膏だからこそ出せる色と質感であって、

金属の様であって金属ではなく、木材でもなく、石でもない

独特の質感と色味になるということをここで書かさせて頂きます。

生命の神秘、様々な物に宿った悲しみ、せつなさ、生き様、喜び、

人間の醜さ、争い、この世のものすべてにそれらの「魂の記憶」

は刻まれています。 このような魂を感じさせる作品を目指し

これからも感性を磨いて行きたいと思います。

今回、来て頂いた皆様、本当に有り難うございました。

より、いっそう魂を込めて作品を製作していきたいと思います。

                       2008年7月5日 

                        佐藤 徹


*拡大します。


*拡大します。



Instability  *拡大します。

風景
風景。(一部)


KAGEROW〜蜉蝣(かげろう) *拡大します。(フォトグラファー加藤建さん撮影)


               






    佐藤 徹 彫刻展会場風景





comment+0  trackback+0   2008.07.06.Sun



「個展」


佐藤 徹彫刻展  *クリックすると拡大します。
     


私のお知らせ事で恐縮ですが、 6月30日から7月5日まで

銀座ギャラリーオカベにて個展をやります。

当初、小作品中心で製作をしていたのですが、以前の兜を

イメージした作品の実物がみたいとのお声を何人かに頂き

ましたので急遽 予定していた展示内容を変更したりとし

ましたが、作品数5点にしてあまり空間がうるさくならな

ようにしました。 どのような空間になるかは私も実際に

展示してみないとなんともわからない所がありますので

楽しみと不安とが入り乱れている感じですね....。

お近くにお寄りの際にはぜひ気軽にお越し下さい。



     *ギャラリーオカベHP

     *TOKYO ART BERT(佐藤 徹 彫刻展情報)

     *TOKYO ART BEAT( ギャラリーオカベ情報, ルート検索)
  
     *Let`s Enjoy Tokyo(こちらでもギャラリーオカベまでのルートが
                        検索できます)

 










comment+0  trackback+0   2008.06.22.Sun



「シャネル モバイルアート展」


ガラスケースのなかに豚革で作ったシャネルのバッグがある。




アラーキーの作品(一部)


先週、シャネルが主催している東京代々木競技場のすぐ脇で開催

している「モバイルアート展」に友人3人で行って参りました。

まず目にはいるのは建築家ザハ・ハディドによる細くうねった様

な形をした巨大なアートコンテナー。 いかにも現代アート主の

今回のアート展らしいコンテナーだなぁと思いつつも圧巻。

外観はしっかりとしているのですが、今回このアート展は世界

7ヵ国を巡回らしく、内側は布などで簡単に張りすぐに分解できる

様に工夫されていた。 しばし待たされて入るとすぐにスタッフ

からMP3プレイヤーを渡され簡単な説明を受け装着すると魔女

のような喋り方をした案内人の声が流れ出しその案内に支配され

ながら展示を順番にまわるしくみだった。 なので案内のナレー

ションが次に動いて良いというまで勝手に色々な展示を見る事は

ある意味許されない。許されなというよりそうせざる得ないよう

に巧みな空間と雰囲気をかもしている。 心地良い支配に身をま

かせながらしばし童話の実写版みたいなこの空間の中をゆっくり

と進んでいく。いつの間にか自分も無の心になって特に鉢状のス

クリーン全面に映像が投影された異色の空間に引き込まれそうに

なった。何となく催眠術をかけられているかのような錯覚に陥る。

それまで私はメーセッジ性主体の現代アートは本来あまり好きで

はなかったのですが、今回のこの「モバイルアート展」は私にと

って結構な衝撃を受けたし、今後の現代アートに対する考え方も

少し変わったかもしれない。そういう意味でこの「モバイルアー

ト展」は見る価値がある展覧会ではないでしょうか。

このアート展のHPがありますのでここで細かく書くよりも実際に

公式HPを見てもらったほうが展覧会の雰囲気が伝わると思います

ので興味のある方はぜひご覧ください。 余談ですがこの「モバイ

ルアート展」は入館料無料です。しかも最後に重厚感たっぷりの

カタログまでプレゼントされます。 宣伝の為とはいえさすがシャ

ネル、太っ腹ですね.......。 参加アーティストもオノヨーコ、アラー

キーなどの日本勢から世界各国の名だたるアーティストが参加して

います。





アートコンテナー外観。(国立代々木競技場すぐ脇)

* MOBILE ART IN TOKYO公式HP

* MOBILE ART IN TOKYO関連記事

* MOBILE ART IN TOKYO関連記事TOP




comment+0  trackback+0   2008.06.17.Tue



「サン ピエトロ大聖堂」(バチカン市国)


礼拝堂の「ピエタ像」(ミケランジェロ制作)*クリックすると拡大します。

サン ピエトロ
サン ピエトロ大聖堂 *クリックすると拡大します。




前回に続き文化遺産の紹介です。 今回は多くの建築家や偉大な芸術家達が

関わり、今尚、その神秘と神的芸術性を今に伝える「サン ピエトロ大聖堂」

について書きたいとおもいます。  サン ピエトロ大聖堂はローマのバチ

カン
市国南東端にあるカトリック教会の総本山でサン ピエトロとは「聖ペ

トロ」の意でキリスト教の使徒ペトロ(ペテロ)のイタリア語読みに由来す

ると言われています。カトリック教会の伝承によればこの「サン ピエトロ

大聖堂」は元々、使徒ペトロの墓所があったところに建立されたとされ、

キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさです。 ローマ法王の住

むバチカン宮殿、バチカン美術館などがあるこのバチカンは「バチカン市国

」として国全体がユネスコの世界遺産登録されています。 大聖堂自体の総

健は4世紀で現在の聖堂は2代目にあたり、1626年に完成したものです。

聖堂の北側にはバチカン宮殿、南側には教皇謁見所と宝物館が隣接し、ルネ

サンス時代、バロック時代を通じローマ法皇にふさわしい巨大な教会堂とし

て、再建され、当時の第1級の芸術家達が造営に関わった事でもその歴史的

価値は計り知れないのではないでしょうか。


大聖堂に向かう途中の市街。(先に大聖堂の円形ドームが見える。
*クリックすると拡大します。


サンピエトロ大聖堂は本来、コンスタンティヌス1世により、聖ペテロのも

のとされる墓を参拝するための殉教者記念教会堂として建設されたもので、

14世紀まではローマ司教(現在のローマ教皇)の司教座大聖堂は、コンスタ

ンティヌスのバシリカ(現在のサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂)

でした。アヴィニョン捕囚によってラテラーノ宮殿が荒廃したため、1377

年にローマに戻った教皇によって、ローマ教皇の座所となる。最初の教会堂

が、大聖堂ではなく、聖ペテロの墓地の巡礼を目的として設計れたため、本

来は、東側に向けて構築されるはずのアプスは西に向けられ、東側には入り

口が設けられている。 この建築物に関してですが、当初のプランではドー

ムを支えるには全く強度が足りなかったため、ブラマンテが存命中にも柱は

増強され、のちにアントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョヴァネによって

さらにミケランジェロによって柱は太くされた。工事全体の規模が、当時の

芸術家や職人の把握できる限界を越えていたということである。

それでも、1510年1月16日にドームを支持する四つのアーチが完成し151

2年には内陣部分の構造が完成した。 ブラマンテが死去する少し前の151

3年2月1日には、 フラ・ジョコンドが補佐建築家に任命され、1514年4月

1日からはラファエロ・サンティが補佐建築家に指名されている。

1514年にブラマンテが死ぬと、大聖堂の主任建築家はラファエロとなり、

1516年11月22日に、足場や仮枠の担当建築家となっていたアントニオ・

ダ・サンガッロ・イル・ジョヴァネが助手として指名された。

ラファエロによって、ブラマンテの集中式プランは長大な身廊をもったラ

テン十字プラン(バシリカ式)に変更されたことが知られている。1547年

、1月にはミケランジェロが主任建築家に任命されたが、この時、彼はすで

にかなりの高齢(72歳)であったが、超人的な能力でこの大聖堂の根本的

な建築構造改革に成功している。今日残っているミケランジェロプランでは、

ドームは完全な半球であったが、工事を引き継いだフォンターナとジャコモ・

デッラ・ポルタは静止力学的な解法から尖頭型ドームを採用している。

ムを採用している。これについてはミケランジェロが承認したかどうかは謎

ですが、ともかく、ドームは1593年に完成した。

ここではかなり省略して書いていますが、この大聖堂に関わった偉大な建築

家、歴史に名を残す芸術家達の手によってそして引き継がれ膨大な時をかけ

て完成したこの大聖堂は単なる宗教的聖堂とは全く違った意味で血のにおい

がする場所(魂が感じられる場所)ではないでしょうか。

私もここを訪れた時はまだ幼い時でしたが、あまりの迫力に今でも鮮明に記

憶に残っています。 まだこの時はこの大聖堂がどれほどすごいものか幼い

私にはわかりませんでしたが、記憶に残っているということはそれだけ幼い

子供ですら体全体に感じる凄さがあったからだとおもいます。

大人になった今、もう一度見たら、また感じ方も違うのでしょうね...............。



サン ピエトロ大聖堂前。 (向かって左が私の兄で右の赤いのが幼い私。)
*クリックすると拡大します。




     *関連リンク 


     *「you tubeサン ピエトロ大聖堂動画」(東武スクェアワールド提供)


     *「日本工業大学 伊藤研究室」(サン ピエトロ編)

    
     *「社団法人日本ユネスコ世界連盟」


     *「サン ピエトロ大聖堂」(大聖堂についての最大のサイト)<English>




comment+0  trackback+0   2008.05.30.Fri



. 「60年代のPOPスター達」(2008.09.07)
. 「私の宝物」(2008.08.25)
. 「 浅草 」(2008.07.30)
. 「彫刻家 西嶋 雄志さんの個展」(2008.07.20)
. 「宮ヶ瀬ダム」(2008.07.17)
. 「信長の焼け兜と甲冑」(続編)(2008.07.10)
. 「個展レポート」〜(細態魂)(2008.07.06)
. 「個展」(2008.06.22)
. 「シャネル モバイルアート展」(2008.06.17)
. 「サン ピエトロ大聖堂」(バチカン市国)(2008.05.30)
. 「世界遺産 モン.サン=ミシェル」(2008.05.18)
. 「アンネ.フランク(アンネの隠れ家)」(2008.05.08)
. 「鎌倉散歩 妙法寺とギャラリー」(2008.05.06)
. 「お気に入り日本酒」(2008.04.30)
. 「近所の風景」(2008.04.24)
. 「友人の個展」(2008.04.17)
. 「戦国のノンフィクションライター太田牛一」(2008.04.13)
. 「久々の石彫」(2008.04.02)
. 「甲冑と信長」(2008.03.14)


. 日記(25)
. 文化遺産(7)
. ニュース(1)


. 2008.09(1)
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佐藤 徹
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